開講中の講義
この講義は、2022年1月に実施された同名のライブ講義をオンデマンド化したものです。
フランスの哲学者ベルクソン(1859-1941)の講義・論文をまとめた『精神のエネルギー』(1919)を読みましょう。この本は、『時間と自由』・『物質と記憶』といった彼の主著としては数えられませんが、「心」の働きについて語られた講演原稿・小論等が七篇収められている、重要な資料です。実は、ベルクソンは講演・講義の名手でした(コレージュ・ド・フランスの講義は超満員!)。なるほど読んでみれば実に明快な議論がなされています。それゆえに、この著作はベルクソン自身によるベルクソン入門としてよく知られたものです。しかし「入門」とはいっても、『物質と記憶』で展開された知覚論・記憶論を前提としたその内容の射程は実に深いものです。また、流麗な文章から垣間見える彼の率直な関心の表明は、1900年代という知的状況の中のベルクソンの姿をいきいきと伝えてくれます。
さて、この三週間の講義では、第二章「心と体」・第四章「夢」・第六章「知的努力」に的を絞って読解と議論を行います(これらはそれぞれ別の機会に発表された独立の内容です)。いずれも40ページ前後にまとまった、コンパクトで読みやすいものです。これら三つの講演・論文を読むことによって、人間という生物の持つ、脳と心との複雑な関係について吟味し、われわれが行う知的な営為——いま、われわれがまさに行おうとしている「読書」も含まれます——がどのような活動であるのかを、かなり繊細に・具体的に考えることができます。ただし、これらの講演・論文は『物質と記憶』という彼の主著の内容についての前提を含んでいます。その内容を補足できるサポーターがいれば、この読書はなお面白い。そこで、私の講義の役割があります。『物質と記憶』の内容を導入しつつ『精神のエネルギー』を読解することで、ベルクソンの心理学的・哲学的考察の豊かな世界に触れてみましょう。
とりわけ次のような方には強くお勧めできる内容になります。
・ベルクソンの哲学・思想になんとなく興味を持っていて、読んでみるきっかけが欲しい方
・他のベルクソンの著作にチャレンジしてみたものの、ハードルの高さを感じたという方
・『物質と記憶』が扱うような、意識の問題・記憶の問題・心身問題に関心があるという方
(・『物質と記憶』をお読みになった方で、内容の復習・応用に取り組んでみたい方)
*『精神のエネルギー』の三つの講演・論文の読解を通じて、『物質と記憶』の部分的な内容を、具体的なレベルで噛み砕いた講義を提供することになります。そこで私の『物質と記憶』講義にご参加いただいた皆さまには、あの著作の復習・応用の機会としてもご利用いただけると思います。ぜひいらっしゃってください。
第1回講義:オンデマンド講義
まずは、哲学という営みについて、著者であるベルクソンについて、ベルクソンを取りまく1900年前後の知的状況について……等、この本の読解にあたって最低限押さえておきたい文脈を紹介します。とりわけ重要なのは、ベルクソンという哲学者の探求のスタイルやその表現のスタイルを押さえておくことです。そのうえで、第二回で行う「心と体」読解の準備作業として、彼の主著『物質と記憶』の紹介も行いつつ、ベルクソンのアイデアを概観します。この最重要なのは、彼の論敵の発想を押さえておくこと。ベルクソンが〈避けようとしている思考の態度〉がどのように形成され、どのような問題を含んでいるかを見ておきます。すなわち、「心の状態は身体の状態に完全に依存する」という学説への反論というモチベーションについて理解を深めます。このことは、「心身問題」という大きな哲学的問題について考える手がかりをも与えてくれるはずです。
第2回講義:オンデマンド講義
第二回では「心と体」について理解を深めつつ、われわれの読解をまとめることにしましょう。検討されるべき論点は様々に潜伏していますが、例えば心身問題とそれに付随する〈自由意志〉の問題については、このテクストから様々な論点を取り出すことが可能でしょう。
加えて第三回で行う「夢」読解の準備作業として、「心と体」でも部分的に明かされている『物質と記憶』の具体的な内容、とりわけ「純粋記憶」とその「物質化」に関わる内容について予習します。この準備作業を通じて「夢」、そして第六章「知的努力」の読解はより深いものとなるはずです。
第3回講義:オンデマンド講義
第三回では「夢」について、われわれの読解をまとめ、また議論を行います。われわれは夢をしばしばフロイト的な「欲動」の理論のもとで理解しますが、一方ベルクソンは、「夢」を「何の不思議もない」ものとして、「現実世界の視覚像とほとんど同じように作られる」ものとして解剖していきます。このような彼の「夢」論は、ベルクソンの記憶理論・知覚理論の特徴を鮮やかに取り出してくれるものであり、その点で、『物質と記憶』が展開する内容にアプローチするのにも最適です。
加えて第四回で行う「知的努力」読解の準備作業として、この論文に関する基礎的な用語(「表象」・「イメージ」など)について説明し、この論文の前提となっている「意識の諸平面」というベルクソンの学説について概観します。これまでの文章と比べて専門性は高くなりますが、扱われている事例は〈想起のメカニズム〉〈言葉を聞き取ること〉〈芸術家や発明家の発想〉そして〈読書〉といった、とても実践的なものです。
第4回講義:オンデマンド講義
第四回では「知的努力」についてのわれわれの読解を、まとめます(集約点はやはり〈動的図式〉という概念になるでしょう)。その上で、われわれ自身が様々な経験・事例を持ち出しながら、知的活動についての議論をすることで、ベルクソンが使っている思考の道具=概念やモデルを、われわれも実際に駆動させてみましょう。プロ棋士の思考や記憶について考えてみることも、なかなかうまくいかない外国語の学習について考えてみることも可能です。最終回にして何か今後も使える道具が手元に残れば、われわれの三週間の読書はよい成果を収めたことになるでしょう。
この講義は、2022年1月に実施された同名のライブ講義をオンデマンド化したもとなりますので、読書グループは開催されません。
濱田明日郎と申します。ベルクソン哲学研究で博士号を取得したのち、現在はエンジニアとして企業で働いています。
ベルクソンの思考のおもしろいところは、ある問題について論争中の両陣営がともに立っている前提そのものを突き崩し、その問題がもはや問題とならないような、別の地平を開いてしまうことです。こうして得られる世界の見方が一新されるような経験には、何物にも代えがたい喜びがあります。もし、そのような喜びが少しでも共有できたら素晴らしいことです。