開講予定の講義
17世紀を代表する哲学者デカルトの生誕から約50年後、1646年、ドイツの街ライプツィヒで、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツは生まれました。幼少期から非凡な才を示した彼は、のちに歴史に残る多方面の業績を挙げます。数学ではニュートンとは独立に微分積分法を発明し、哲学では晩年の著作『モナドロジー』で独創的な体系を結晶させました。その思想は後世の哲学に広く影響を与え、日本では哲学者・坂部恵が「ライプニッツは千年単位の天才、カントは百年単位の天才」と評したことでも知られています。
The Five Booksでは、これまで『形而上学叙説』や『モナドロジー』を取り上げて講座を行ってきました。今回は少し趣向を変え、ライプニッツが当時の著名な神学者アントワーヌ・アルノーとの間で交わした往復書簡に焦点を当てます。これは、直前に執筆された『形而上学叙説』を手がかりとして始まる一連の書簡です。ライプニッツが自身の哲学を詳しく解説してくれているので、入門としてもお勧めの内容だと思います。
書簡を読む面白さは、完結した著作とは異なる「開かれた思考の軌跡」を追える点にあります。フランスの研究者クリスティアン・フレモンは、ライプニッツの書簡を「開かれたテクストであり、辿るべきテクストであって、問いは一度きりで提出されもしなければ、全面的に解決されもしない」と述べています(Christian Frémont, L’être et la relation: Essai sur la philosophie de Leibniz, Librairie philosophique J. Vrin, 1981, p. 19)。アルノーからの鋭い問いに応じるうちに、ライプニッツの思考は微妙に姿を変え、その変遷の現場が生き生きと立ち上がってきます。本講座では、そのダイナミズムを原文の流れに沿って丁寧に読み解きます。
本講座は、どのような方でも楽しんでいただけるように設計しています。まだライプニッツの思想に触れたことがない方にとっても、入門として役立つ講座となるはずです。既に他の著作をお読みの方にとっても、書簡という舞台ならではの発想の展開と調整のプロセスを、具体的なテクストに即して味わっていただけると思います。初回は、『形而上学叙説』からアルノーとの往復書簡、そして『モナドロジー』へと至る大づかみの見取り図を提示し、必要な背景を丁寧に共有しますので、予備知識がなくても安心して参加していただけます。
使用テクストについて
ライプニッツ–アルノー往復書簡の日本語訳はいくつか出版されています。本講座が基本的に参照するのは、アルノー側書簡も収める橋本由美子監訳『形而上学叙説/ライプニッツ–アルノー往復書簡』(平凡社ライブラリー)です。とはいえ、講義内ではアルノーからの書簡の要点も適宜説明しますので、ライプニッツ側からの書簡のみを収める佐々木能章訳『形而上学叙説』(岩波文庫)等でのご参加でも差し支えありません。岩波文庫版も注が充実しており、有用です。
第1回講義:2025年11月21日(金):20:00 - 21:30
初回の講義では、書簡を読み進める準備として、ライプニッツ哲学の概要を解説します。『形而上学叙説』が書かれた直後に始まった、アルノーとの往復書簡は、その後の哲学の展開を導くものであったともいえます。そこで、この回では、『形而上学叙説』から晩年の『モナドロジー』に至るまでの間で、どのような思索の変遷があったのかを、アルノー宛書簡を中心にしながら解説したいと思います。
第2回講義:2025年11月28日(金):20:00 - 21:30
1686年7月4日・14日付のアルノー宛書簡を読みます(ちなみに前者の日付はユリウス歴、後者はグレゴリオ歴です)。『形而上学叙説』で提示された「各人の個体概念はその人物にいつか起こることを一挙に含む」という命題について、ライプニッツ自身が解説を加えています。さらに、単に可能的なアダムと、じっさいに現実世界に存在するアダムのあいだにはどのような差異があるのかも検討していくことになります。
第3回講義:2025年12月05日(金):20:00 - 21:30
1686年11月28日・12月8日付のアルノー宛書簡とその下書きを読みます。この書簡では、何かが「一」なるものであるとすれば、どのようなものが「一」だといわれるべきなのか、という問いのもと議論が展開していきます。ここでライプニッツは、砂の山のようなものは単なる寄せ集めにすぎないけれど「生命をもつ機械」は「一」なるものと考えてもいいのではないかという発想を提示しています。
第4回講義:2025年12月12日(金):20:00 - 21:30
1687年4月30日付のアルノー宛書簡を読みます。引き続き「一」や「統一」に関する問題が論じられていますが、議論は少しずつ、物体の現実性の問題へと移っていくことになります。物体は単なる虹のような見せかけの現象にすぎないのではないか、そのような疑問にどのように答えることができるでしょうか。関連してライプニッツが提示する「実体形相」という概念についても解説していきます。
第5回講義:2025年12月19日(金):20:00 - 21:30
1687年10月9日付のアルノー宛書簡を読みます。すべての実体は現在の状態のうちに過去も未来も含めてすべての状態を含んでいるという主張を根底にして、心と身体の関係、生き物の死、そして正義にまで話題が拡がっていきます。ここでは、ライプニッツが展開する、豊かな宇宙論を楽しむことにしましょう。
こんにちは。東京大学大学院で哲学を研究している三浦隼暉(みうらじゅんき)です。これまで、多くの参加者の方々と一緒にデカルトやスピノザ、ライプニッツなどの17世紀哲学の著作や、フーコーやヴェイユなど20世紀哲学の著作などを扱ってきました。
今回は、私自身の博士論文でも扱っているアルノーとの往復書簡が課題図書ということで、最新の研究内容も踏まえたお話ができればと思っています。
私が目指しているのは「哲学は留保なしに愉しい」と感じてもらえるような講義を作ることです。一緒に哲学書を紐解くことで、そのような愉しさを経験するお手伝いができればと考えています。最後に、私の恩師が残した言葉を送ります。「本は一人で読むものですが、ときには窓を開けて一緒に哲学をしましょう」。