開講予定の講義

経済成長がすべてか?

『経済成長がすべてか?』

マーサ・C・ヌスバウム(小沢自然・小野正嗣訳) 著

26年2月28日(土) ~ 26年3月28日(土)

毎週土曜日 20:00 - 21:30

柳田和哉

講師: 柳田和哉 (関西大学)

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終了後1年視聴可能

全5回講義

参加料金:7500円

最少開講人数:5名

利用規約
講義概要

 本講義では、アメリカの哲学者マーサ・ヌスバウム(Martha C. Nussbaum, 1947-)の著作『経済成長がすべてか?デモクラシーが人文学を必要とする理由』(以下では『経済成長がすべてか』と表記)を取り上げます。ヌスバウムは、現代の英語圏において最も影響力のある哲学者の一人です。その主要な活動領域は、古代哲学研究、国際開発論、フェミニスト哲学、リベラルな正義論など、極めて多岐にわたり、多くの著書が日本語に翻訳されています(ヌスバウムは多作な書き手なので、未邦訳の著書もたくさんあります)。

 しかしながら日本では、ヌスバウムが「教育」について思索を展開した思想家でもあることはあまり知られていないのではないでしょうか(そのことは、『経済成長がすべてか』で検討される主題をより詳細に展開した著作『人間性を涵養する(Cultivating Humanity, 1997年にハーバード大学出版会より公刊)』が、日本ではほとんど紹介されていないことからも窺えます。本講義では、『人間性を涵養する』の内容も折に触れて解説・紹介します)。

 本講義で取り上げる『経済成長がすべてか』は、第一に、文学や哲学、歴史学等を含む「人文学」や「芸術」の果たす役割を論じた哲学書です。文系不要論が叫ばれる現代日本においても、人文学や芸術の公共的価値をめぐってさかんに議論が展開されています。ヌスバウムは、経済的な競争力を維持するため―短期的な利益の追求のために、国家が人文学や芸術を切り捨てるさまを厳しく批判します。第二に本書は、人文学や芸術を題材として、ヌスバウムが「教育」についての思索―教育とは何か、さらに、学校や大学で行われる公共的な教育はいかなる価値を担うべきかといった問いについての思索を全面的に展開した作品でもあります。

 ヌスバウムは、現代英語圏の哲学者として、明晰さを美徳とする広義の分析哲学の伝統に依拠しつつも、古典文献学者としての素養に裏打ちされた豊かな文学的教養を背景に、社会公共の問題に積極的に関与する公共的知識人(パブリック・インテレクチュアル)として哲学を実践してきました。『経済成長がすべてか』は、プリンストン大学出版の「公共の広場」シリーズの一冊として一般読者を念頭に執筆された本であるために、哲学書としては比較的平明な論述がなされています。ただし、平明であることは、哲学的な深みを欠いていることを意味しません。論述の平明さと哲学的な洞察の豊かさとを両立させているのが、公共的知識人としてのヌスバウムの面目躍如といったところです。

 本書の精読を通じてわたしたちは、教育についてヌスバウムが何を考えているのかを知ることができるのみではなく、ヌスバウムの哲学の全体像の見取り図を手にすることができます。それは、人文学と教育の公共的使命についてのさらなる哲学的思索を拡げるための、最良の手がかりとなるのではないでしょうか。


※講義では、マーサ・ヌスバウム『経済成長がすべてか?デモクラシーが人文学を必要とする理由』(小沢自然・小野正嗣訳、岩波書店、2013年)を使用します。こちらの邦訳をお手元にご用意いただくことをおすすめします。なお、原書はMartha C. Nussbaum, Not for Profit: Why Democracy Needs Humanities(Princeton University Press, 2010年)です。講師は必要に応じて原書を参考にすることがありますが、参加者の方々にはご用意の必要はありません。また、講義計画の都合上、第3章および第7章については、詳細には扱わない予定です。なお、講義の進行状況等に応じて、講義計画には変更の可能性があります。

各講義の概要

第1回講義:2026年02月28日(土):20:00 - 21:30

 初回は、ヌスバウムの経歴や主要著作の紹介を行ったうえで、『経済成長がすべてか』の企ての大枠をつかみます。また、ヌスバウムの活動領域が、「教育(哲)学」や「政治(哲)学」、「倫理学」といった、一般に広く知られた学問領域といかに関わっているのかについてもお話します。

第2回講義:2026年03月07日(土):20:00 - 21:30

第1章「静かな危機」・第2章「利益のための教育、デモクラシーのための教育」の解説を行います。ヌスバウムは各国政府が経済利益を優先するあまり、デモクラシーの維持に不可欠な批判的思考や共感力を養う人文学を、無益な飾りものとして切り捨てている現状を告発します。そのことをふまえ、ヌスバウムが提示する人間開発(human development)モデルを批判的に検討することで、ヌスバウムの哲学の全体像についての見通しを得ます。

第3回講義:2026年03月14日(土):20:00 - 21:30

第4章「ソクラテス的教育法」の解説を行います。ソクラテスが「吟味されない人生は生きるに値しない」と断じたことはよく知られています。ヌスバウムは、このソクラテス的な理念を、教育の根幹に据えるべきだと考えます。議論の大枠は、批判的思考こそが集団の暴走や扇動への防波堤になるのであり、批判的思考の涵養のためには、デューイやタゴールらが実践した能動的学習が欠かせない、というものです。しかしながら、ソクラテス的な意味での哲学者に体現される、批判的思考の実践者を、公的な学校教育を通じて創り出すことは本当に可能なのでしょうか。

第4回講義:2026年03月21日(土):20:00 - 21:30

第5章「世界市民」の解説を行います。世界市民主義(cosmopolitanism)は、ヌスバウムの哲学研究の大きな柱の一つです。ヌスバウムは、デモクラシーを健全に機能させるためには、市民が自国の枠を越え、他者の歴史や文化の仕組みを正しく理解する「世界市民」としての資質を備えなければならない、という立場に与します。本章の議論と関連の深いヌスバウムの著名な論文「愛国心とコスモポリタニズム」や著作『人間性を涵養する』の議論を踏まえながら、世界市民の教育がいかに可能なのか、そして、人文学はそこでいかなる役割を果たしうるのかという問題に取り組みます。

第5回講義:2026年03月28日(土):20:00 - 21:30

第6章「想像力を養う―文学と芸術」の解説を行います。ヌスバウムによれば、健全なデモクラシーには、事実についての知識だけでなく、他者の立場に立ってその経験を理解する「物語的想像力」が不可欠です。ヌスバウムは、芸術の教育がいかにして他者を単なる道具とみなすナルシシズムを打破し、共感の土台を築くのかを論じます。教育や人間形成の過程において美的なものが果たす役割は何かという問題についての教育哲学的な議論の蓄積を踏まえながら、ヌスバウムの議論を批判的に読み解きます。

講師からのメッセージ

私は教育哲学を専攻していますが、「教育(学)」も「哲学」も、人の関心を強く惹く、大きな学問上の主題です。でも、あわせて「教育哲学」となると、とたんにマイナーで地味で、何をやっている分野なのかピンとこないと感じられる方は少なくないのではないでしょうか。ところが、教育学の起源や歴史の少なくない部分は、哲学の起源や歴史そのものと重なっています(たとえば有名なプラトンの『国家』篇は、政治・国家論であると同時に、教育論でした)。「教育」と「哲学」を掛け合わせたときにはじめて味わうことのできる思索のたのしみを、教育哲学にとって重要な文献を紐解くことで探ってみませんか。

参加にあたってのご案内事項
  1. 各講義は、録画のうえ参加者へ講義後半日後に共有いたしますので、一部講義にご参加が難しい場合もご参加をいただけます。
  2. 録画動画は、講義終了後もご覧いただけます。各講義の録画視聴期間は、本ページ上部に記載しています。
  3. 書籍は、参加者各自でご用意ください。
  4. 講義では、受講者の方に質問や受講者同士の対話を強要することはありません。講義中のご質問は、Zoomのチャットまたは音声で行うことができます。
  5. 参加申込期限は初回講義開講時間までとなります。
  6. 開講3日前20:00の時点で最小決行人数に達していなかった場合は、本講義を中止させていただくことがございます。その場合参加登録をされた皆様へご返金させていただきます。
  7. 開講1週間前に、参加者にはzoomとslackのURLをご共有いたします。それ以降は講義参加へのキャンセルはできませんので、ご了承願います。
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