開講予定の講義
この講義では、法哲学の古典的著作であるH. L. A. ハート『法の概念』(原書初版1961年)の第7章までを紹介しながら、「法とは何か」という法哲学上の伝統的な問いに向き合います。
私たちは日頃から法によって秩序づけられた社会で生活しています。しかし、よくよく考えてみると、法に従ったり、法に義務づけられたりするというのは、なかなか不思議なことのように思えます。私たちは、調べたことも、聞いたことすらない法律にさえ、実は拘束されていることがあるのです。
そうした法のあり方についての謎を、私たちの日常的な言葉遣いや直観的な理解から丁寧に解きほぐしていくのが本書の特徴です。本書では、法はただの命令やマナーとどう違うのか、法的なルールはどういう性質を持っているのか、法が「ある」とはどういうことか、といった問いをめぐって、私たちの法や社会に対する理解を深めることが試みられています。
もっとも、法学や、特に英米圏の「コモンロー」という伝統が背景にある本書の論述は、初学者にとっては難しいと感じられる箇所もあるかもしれません。したがって、法学や英米圏の法制度についての前提知識は、この講義でも適宜補足しながら解説を行います。
また、本書は、平易な言葉遣いではありながらも、独自の概念を駆使して法システムのあり方を説明しているために、現代の法哲学でも継続中のさまざまな論争の出発点にもなりました。この講義では、そうした議論についての最新の知見も踏まえて、法哲学の古典としての意義を感じとっていただけるよう努めます。
本書の精読を通じて、「法」という、日常にありふれているにもかかわらず、実はあまりよく知らない対象について、じっくり考えるきっかけを提供できれば幸いです。法哲学そのものに関心のある方はもちろん、私たちが生活している社会のあり方について考えてみたい皆さんのご参加をお待ちしています!
【テキストについて】この講義では、ちくま学芸文庫版(長谷部恭男訳)を使用します(誤訳等修正の観点から、できるだけ刷数の大きいものが望ましいです)。講義への参加に際しては、みすず書房版(矢崎光圀訳)でも問題はありませんが、ちくま学芸文庫には、原書第3版に収録されているレスリー・グリーンの有益な「解説」が掲載されているため、そちらも参考にされることをお勧めします。
第1回講義:2026年05月17日(日):20:00 - 21:30
初回は導入として、著者であるハートの来歴や法哲学という学問分野について紹介した上で、『法の概念』の概要について解説します。英米圏の法制度や、この講義では扱えない8–10章についても簡単に触れ、本書の法哲学上の位置づけを確認します。
第2回講義:2026年05月24日(日):20:00 - 21:30
第1章「執拗な問いかけ」と第2章「法、指令、命令」を扱います。法哲学において「法とは何か」という問いがどのような関心から研究されており、ハートがそれに答える際に乗り越えるべき前提とする「命令説」がどのような主張であるかについて解説します。
第3回講義:2026年05月31日(日):20:00 - 21:30
第3章「法の多様性」と第4章「主権者と臣民」を扱います。ここでは、命令説に対するハートの批判を理解することに努めます。ハートは本書で法を命令としてモデル化することの限界を指摘していますが、それがどの程度成功しているかについて皆さんと一緒に検討します。
第4回講義:2026年06月07日(日):20:00 - 21:30
第5章「一次ルール、二次ルールの組み合わせとしての法」と第6章「法秩序の基礎」を扱います。ハートが法システムのあり方をどのように説明したか、積極的な主張を取り上げることになります。本書の「山場」となる箇所ですが、「承認のルール」をはじめとする鍵概念について丁寧に解説することで、ハートが人々の実践を基礎にして法システムを説明しようとしていることを明らかにします。
第5回講義:2026年06月21日(日):20:00 - 21:30
第7章「形式主義とルール懐疑主義」を扱います。「法の不確定性」、つまりルールに従うことの不確かさが主題となる本章では、ルール懐疑主義という法哲学上の立場に対するハートの応答を見ることで、法の不確定性を受け入れつつも現実で確かに機能している法を出発点とするハートの法理論の特徴を理解します。
はじめまして。吉原雅人と申します。
ふだんは京都大学で法哲学を研究していますが、オンラインで色々な地域の方と一緒に同じ本について語り合えることを楽しみにしています。法哲学に限らず哲学という営みは、素朴な疑問や直観からものごとの真理に到達しようとすることに特徴があります。この講義でも、法というありふれた対象について、皆さんの疑問や直観を共有していただき、検討を重ねることで、法についての真理に一歩でも近づくことができればと考えています。
法哲学の著作を日常で手にとる機会は少ないかもしれませんが、講義を通じて法や社会の構造について考えるきっかけを提供できれば幸いです。短い間ですが、ぜひ一緒に「法とは何か」という難問にチャレンジしましょう!