
スタンリー・カヴェル/中川 雄一
22年10月、23年3月に実施した『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』(原書:1981年)をめぐる講義に続き、この講義では同書と内容的に対をなすスタンリー・カヴェル『涙の果て——知られざる女性のハリウッド・メロドラマ』(中川雄一訳、春秋社、2023年、原書:1996年)の前半を扱います。毎回40~50ページほどのペースで本を読み進めつつ、3回目と4回目にはそれぞれ一本の映画を同時に扱います。
主にハリウッド映画について論じたカヴェルのテクストは、映画を理論的に分析した学術的なものというよりは、アメリカ人としての彼の個人的な経験や記憶と強く結びついた、哲学的エッセイの要素を強く持っています。それゆえ、ややとっつきにくい印象を持たれがちである一方で、どちらかといえば研究よりは映画批評に通じるような、非常に独創的な記述に溢れており、読めば不思議と元気が湧いてくるような内容となっています。本講義では、飛躍や脱線を数多く含むようにも見える彼の文を素直に読んでいくなかで、みなさんがカヴェルの思想や文体の魅力を見出すきっかけを少しでも提供できればと考えています。
そんなカヴェルが映画を論じた何冊かの著作は、欧米ではジル・ドゥルーズらと並ぶきわめて大きな影響力を有する哲学者の映画論として、現在まで盛んに論じられてきました。また、彼の議論は映画研究の文脈を超えて、美術批評家のマイケル・フリードや、テレンス・マリックやアルノー・デプレシャン、ダルデンヌ兄弟といった現役の映画監督たちの活動をおおいに触発してきたことでも知られています。
近年立て続けに主著の翻訳が刊行されたことで、ようやく日本においてもカヴェルの多岐にわたる仕事を再考する機運が高まってきているように思います。本講義では、彼の特異な文体の魅力をみなさんと共有しながら、具体的な作品解釈や彼の議論への意見を交換し、考えを深めていければと考えています。前回までの講義で扱った『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』との関連についても要所で言及しつつ、『涙の果て』前半部の内容をなるべく噛み砕いてお伝えできるよう努めます。
本講義は、本書やカヴェルの議論、あるいはメロドラマ映画やロマンティック・コメディ映画、映画論全般に関心を持つ方に加えて、哲学や現代思想に興味がある方、パートナーとの関係がうまくいっていない方などに受講をおすすめします。ふだん映画は観るが映画批評はそれほど読まない方、逆に哲学書は読むものの映画はあまり観ないといった方も歓迎します。著作および講義内容や登場する映画、人物に関する質問は、些細なものでも随時Slackにて受け付けます。積極的なご参加をお待ちしております。
使用テクスト:『涙の果て——知られざる女性のハリウッド・メロドラマ』(中川雄一訳、春秋社、2023年)序文から第2章までを読みます。重要な箇所については一部原文との対比を行う可能性がありますが、その際は原文の英語を動画内で紹介しますので原書の入手は不要です。第3回以降には各回一本の映画(『ガス燈』、『忘れじの面影』)を扱いますが、それらの作品については、現在DVD版だけでなくU-NEXT、Amazon Primeなどの配信でも閲覧可能となっておりますので、適宜ご参照ください。
また、必ずしも読了の必要はありませんが、日本語で読めるカヴェルを論じた入門的なテクストを中心とする関連文献や、今回扱う映画についてカヴェルが執筆した本書とは異なる短めのエッセイについても、随時講義内でご紹介します。
第1回講義:2025年11月23日(日):オンデマンド講義 初回は序文および序論の1、2節を読みます。15年前に出版された『幸福の追求』と本書の関係についてのカヴェル自身による解説を参照しつつ、彼が『幸福の追求』で研究した「再婚悲劇」を否定するものとして立ち現れる、本書の中心を成す「知られざる女性のハリウッド・メロドラマ」の特徴について具体的に考えます。その際、カヴェルが言及する過去の論文(「数奇と報告( "Being Odd, Getting Even")」、「テレビという事実」(『表象15』に翻訳あり))およびいくつかの映画(『ブロンド・ヴィーナス』(1932)、『ショウ・ボート』(1936)、『心の旅路』(1942)、『椿姫』(1936))についても補足的な説明を行います。
第2回講義:2025年11月30日(日):オンデマンド講義 第2回は、受講者の方々からの質問や疑問点を取り上げつつ、序論の後半3、4、5節を読みます。『創世記』の物語との関連から『幸福の追求』について振り返る3節、タニア・モドゥレスキーからの批判を取り上げてジェンダーやフェミニズムと自身のメロドラマ研究の関係について論じる4節、ピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』(1976)とのつながりについて論じた5節の内容を順に確認しつつ、ラルフ・ウォルド・エマソンの「経験」「自己信頼」といったエッセイ、テリーサ・デ・ローレティスの著作、カヴェル自身のオペラ論など、参照されるいくつかの文章についてより詳しく紹介します。
第3回講義:2025年12月07日(日):オンデマンド講義 第3回は前回の質疑を確認した後、ジョージ・キューカー『ガス燈』(1944)を扱った第1章を読みます。カヴェルは、再婚コメディにおいて会話が担うものと対立するアイロニー、すなわち「会話の否定、孤立の認識」を特徴とする同作を、ルネ・デカルト以来の懐疑論やジークムント・フロイトの精神分析を参照しつつ読み解いていきます。特にフロイトの議論とのわかりやすいとは言えない関連に注意しつつ映画をめぐる記述を追った上で、章の後半で焦点を当てられるジャック・デリダによる講義とエマソン、ソロー、J・L・オースティンら英米哲学との対立関係を、カヴェルの他の著作にも触れながらなるべく簡潔に解説します。
第4回講義:2025年12月14日(日):オンデマンド講義 第4回はまず質問に答えた上で、マックス・オフュルス『忘れじの面影』(1948)を論じた第2章を読みます。『幸福の追求』の議論をしばしば振り返りつつ、前章に続いて作品と精神分析の議論を粘り強く関連づけていく本文を精読した上で、カヴェル『理性の呼び声』(2024年、講談社、原書:1979)、フロイト/ブロイアー『ヒステリー研究』(1895)、ヘンリー・ジェイムズ「密林の獣」(1903)、エマソン「運命」(1860)ら次々に言及される難解なテクスト群について、本書後半の章との関連も含めてお話しします。また、最後にエマソンやカヴェルの議���を参照しつつ現代映画を論じたいくつかの拙論についても簡単に紹介する予定です。