
九鬼 周造
ドラマや映画の「いき」な演出、あるいは何気なく入ったお店での「いき」な計らい…私たちが日常生活で何気なく使っている言葉である「いき」。「いき」とは、江戸時代以来の日本の美意識とされていますが、生活様式が西洋化した現代においても、私たちは「いき」だと感じることがあります。
では「いき」とは、そもそもどういうことなのでしょうか?
このことを考えるきっかけを与えてくれるのが、日本の哲学者、九鬼周造(1888年〜1941年)です。九鬼周造は、西洋哲学を研究しつつ、日本文化について多くのことを論じた哲学者です。
そのなかでも彼の主著の一つである『「いき」の構造』は、ヨーロッパに留学して当時の最先端の哲学を学んだ九鬼周造が、日本独自の伝統的な美意識である「いき」について哲学的に論じた本であり、現在では英語にも翻訳されて世界中で読まれている名著です。
本講義では、この『「いき」の構造』をじっくり読んでいきます。
「いき」について哲学するってどういうこと?哲学書なんて難しそうで読むのをためらってしまう…そう思う方もいるかもしれません。
しかし『「いき」の構造』という本は、そんな哲学に対するイメージを覆してくれるはずです。彼がこの本の中で分析しているのは、具体的な浮世絵や「いき」とされている身振りや姿勢です。彼は、実際に「いき」であるとされている多くの具体例を持ち出しながら、「いき」を哲学的な議論へと昇華させていきます。日本独自の美意識である「いき」を西洋の美と対比しながら、鮮やかに描き出す彼の議論は、哲学的な議論のみならず、比較文化論にも通じるものがあります。
したがって九鬼の「いき」の分析は、それ自体が「おしゃれな」哲学であると同時に、日本文化論であるといえるでしょう。
いわゆる「哲学書」だからといって、難解な話題を扱っていると身構える必要はありません。
しかし、この本はもちろん立派な「哲学書」です。この本が扱っている話題は私たちの身の回りにある日常的なものかもしれませんが、実際に読んでみるとその難解さに驚いてしまうかもしれません。というのも、この本の背景には西洋哲学の伝統があり、九鬼周造は「哲学の言葉」で議論しているからです。もしかしたら、どうしてそんな難解な言葉を使わなければならないの?と思う方もいるかもしれません。
本講義では、彼の使う「哲学の言葉」をしっかりと解きほぐしながら読んでいきたいと思います。彼の議論の背景にある西洋哲学を理解しながらこの本を読むと、彼の議論の奥深さをより味わうことができるでしょう。
『「いき」の構造』を通して、哲学への扉を開けるだけでなく、「日本語で」哲学するということを考えてみませんか。私は、その手助けをします。
九鬼周造を通して、一緒に哲学の世界に飛び込みましょう!
皆様のご参加お待ちしております!
*本講義では、基本的に岩波文庫版の『「いき」の構造 他二篇』(多田道太郎解説)に所収されているものを使用しますが、講談社学術文庫版の『「いき」の構造』(藤田正勝解説)での参加も歓迎いたします。
現在、新規受講の申し込みは受け付けておりません。すでに受講中の方は引き続き動画・資料にアクセスいただけます。
第1回講義の内容を振り返りながら、読解していきます。
「二 「いき」の内包的構造」は、『「いき」の構造』の中心的な議論になります。この箇所をしっかり理解できるかどうかで、この本が読めるかどうかが決まるといっても過言ではありません。「媚態(びたい)」、「意気地(いくじ)」、「諦め」の三つの要素が織りなす「いき」という現象を、着実に理解していきましょう。
第2回講義で扱った『「いき」の構造』の議論が、具体的にどのように表れてくるのかに注目して読んでいきます。
第3回講義では、「三 「いき」の外延的構造」と「四 「いき」の自然的表現」を扱います。少し分量が多いですが、具体的な議論が多いので心配しないでください!
「三 「いき」の外延的構造」は、「いき」と関係する他の要素(「派手」や「地味」、「渋味」など)との関係から「いき」の意味を明らかにするパートです。九鬼の鮮やかな図式整理があるので、それに即して読んでいきましょう。
「四 「いき」の自然的発表」は、より具体例に即して「いき」を論じるパートです。この章では、着物の着こなしや、姿勢、仕草などが分析されます。
第4回講義:2024年03月08日(金):20:00 - 21:30
第4回は「五 「いき」の芸術的表現」を扱います。第3回で扱った「四 「いき」の自然的発表」に引き続き、「いき」の具体的な表れをみていきます。文学や、模様、色、建築など多様なジャンルが分析されます。例えば、九鬼は縦縞(ストライプ)より横縞(ボーダー)の方が「いき」だといっています。どうしてなのでしょうか?九鬼が挙げる具体例は本当に「いき」なのか、皆さんと一緒に考えていきます。
第5回講義は、「六 結論」を扱います。今までの回と比べて分量は少なめですが、これまでの議論がまとめられた内容が濃いパートです。最終回ですので、これまでの講義の内容をまとめつつ、あらためて『「いき」の構造』を振り返っていきましょう。そのうえで、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーが九鬼周造の「いき」について投げかけたある問いを、皆さんにも投げかけたいと思います。この問いは、『「いき」の構造』という本を考えるうえでも重要ですし、何より私たちが「日本語で哲学するとはどういうことなのか」ということを考えるうえでも重要な疑問です。この問いを通して、『「いき」の構造』を理解することから、より大きな哲学的問題へと踏み込んでみましょう。</span></p>