
コンディヤック
今回扱うのは、「啓蒙の世紀」と呼ばれる18世紀、ロックやニュートンの経験論哲学を引き受けつつ、デカルトやスピノザ、マルブランシュ、さらにはライプニッツらが打ち立てた形而上学を批判的に再考しようとしたフランスの哲学者、エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック(1714–1780)という人物です。ライプニッツの『モナドロジー』が執筆された年に生まれたコンディヤックは、本質や第一原理をめぐる17世紀的哲学ではなく、次の世代の新たな哲学を打ち立てることになりました。
のちにジャック・デリダが語ったように、コンディヤックは「本質と原因のメタフィジーク〔=形而上学〕の代わりに、現象と関係(「連関(liaison)」)の一つのメタフィジークを打ち立てること」を提案しました(デリダ『たわいなさの考古学』人文書院)。例えば、ライプニッツが見えるものの向こう側に「モナド」という隠された実在を覗き見ようとしたのに対して、コンディヤックは私たちに立ち現れる言語や現象、そしてそれらの組み合わせに着目したといえます。
今回は晩年のコンディヤックによる著作『論理学』(1780)を扱います。ただし「論理学」といっても三段論法や記号を操作するような論理学ではありません。副題に「考える技術の初歩」とあるように、本書には、よりよく物事を考えるために為すべきことが書かれています。たしかに18世紀の思考法全てが現代の私たちに役立つとは限りませんが、しかし最近の本にはない発見があるかもしれません。
コンディヤック自身が書いていることに従えば、この論理学を学ぶことで「諸学問について適切に論じている本を、遅くないスピードで読み進めることができる」ようになるそうです(『論理学』第2部第9章)。考える技術とは、物事を理解するための正しい道筋であり、そうした技術を身につけることで素早く理解できるようになるということなのでしょう。
本書は、ポーランドやフランスで教科書として出版されたものであり、とても読みやすく書かれています。これまで哲学書に触れたことがないという方も、それほど抵抗なく読み進めることができると思います。逆に慣れている人は、読みやすさのあまり大事な点を見落としてしまうかもしれません。そのような意味で、どのようなレベルであれ、皆さんと一緒に読み進めることはとても有意義な時間となると予想しています。
さまざまな背景をお持ちの皆さんのご参加をお待ちしております。
※講義中のテキストは講談社学術文庫のコンディヤック『論理学 考える技術の初歩』を使用します。
現在、新規受講の申し込みは受け付けておりません。すでに受講中の方は引き続き動画・資料にアクセスいただけます。
第1回講義:2024年01月28日(日):20:00 - 21:30
コンディヤックの著作を読むための準備として、大陸合理論(デカルトやマルブランシュ、ライプニッツ)や、イギリス経験論(ロック)などの思想を概観します。その上で、コンディヤックの思想がどのような位置に置かれるのかを簡単に解説したいと思います。また『論理学』の最初に付された「この本の目的」なども読み進めます。
第2回講義:2024年02月04日(日):20:00 - 21:30
第1部第1章から第4章までを扱います。私たちがものを見て、その観念を獲得するというのはどのようなことなのかが扱われていきます。そのための方法として、本書のキーワードのひとつでもある「分析」という言葉が登場してきます。また、私たちはいかにして個々の事物を超えた、一般的で抽象的な観念を獲得するのでしょうか(例えば「この犬」ではなくて一般的な意味での「犬」など)。こうした観念の獲得などもここで議論されます。
第3回講義:2024年02月11日(日):20:00 - 21:30
第1部第5章から第9章までを扱います。感覚によって捉えられないものの観念がいかにして生じてくるのかを考察した上で、そうした働きをもつ心そのものの探求が行われます。また第9章では、私たちの記憶力と習慣の関係が論じられています。
第4回講義:2024年02月18日(日):20:00 - 21:30
第2部第1章から第5章までを扱います。ここから言語による推論がどのように行われるべきかが論じられていきます。そのさい、通常の言語だけでなく、その根底にある「行動の言語」というものが考察されることになります。身体構造と結びつけて論じられる行動の言語とは一体何者なのかをここでは確認していきましょう。
第5回講義:2024年02月25日(日):20:00 - 21:30
第2部第6章から第9章までを扱います。「分析」という方法に対して、なぜ「総合」が誤りをもたらすのかが論じられていきます。「真の論理学は自然から学ぶべきものなのである」とコンディヤックが語るとき、どのようなことが考えられているのかを確認していきましょう。